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忌野清志郎(いまわのきよしろう)
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忌野 清志郎(いまわの きよしろう、1951年4月2日 - )はバンドマン・ヴォーカリスト。
本名:栗原 清志(くりはら きよし)。
東京都立日野高等学校卒業。
血液型はA型。
喉頭癌のため現在療養中。
はやく退院して元気なお姿でご光臨していただきたいです。
目次
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概要・人物
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1970年、RCサクセションのソングライター、ボーカリストとしてオムニバス盤に収録された「泥だらけの海」でデビュー。RCサクセション名義の単独作品としては、「宝くじは買わない」がデビュー盤。40年近くにわたり、ロックし続ける、「キング・オブ・ロック」。「ベイベ〜ッ」、「愛しあってるかい?」などのステージでの発言、一度聴いたら忘れられない独特な歌声で有名。中日ドラゴンズのファンを公言。メンフィス名誉市民。日本アカデミー賞音楽賞受賞。代表曲は「雨上がりの夜空に」、「トランジスタ・ラジオ」、「スローバラード」、「ドカドカうるさいR&Rバンド」、「パパの歌」、「デイドリーム・ビリーバー」、「JUMP」など多数。仲井戸麗市との名コンビで、日本のロックショーの形を作り上げた。
都内の仕事先には自転車で通うほどの自転車愛好家としても知られており、チームLSD (Long Slow Distance) を結成。「奥の細道」自転車ツアーやホノルル・センチュリーライドなど長距離サイクリングに挑戦している。「2005自転車名人」に選ばれた。総製作費160万円のロードレーサー「オレンジ号」を愛用。
ラブソングを歌い続ける一方、過激な曲を多く作っている事でも知られている。『雨上がりの夜空に』、『あこがれの北朝鮮』、『FM東京』、『目覚し時計は歌う(選挙ソング)』などが有名。
1982年には、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の坂本龍一と組んでシングル「い・け・な・いルージュマジック」をリリース。資生堂82春のキャンペーンソングとしてヒット。TVでは、どぎつい化粧をした男同士でキスをするなど、過激なパフォーマンスを展開、時代を席巻した。
その後も数々のグループ、ユニットを結成。多彩な活動で知られている。 現在は忌野清志郎&ザ・ナイスミドルを結成し、活動。
2006年7月13日、自身のホームページにて喉頭癌であることを発表。2週間後に出演する予定だったフジロックフェスティバルを含め、以降の公演はすべてキャンセルとなった。
2007年2月21日、TBSラジオ「竹中直人ハードボイルド・ソーセージ」に療養後放送媒体のトーク番組に初出演し、告知を受けたときの心境や現在の闘病生活についてを語る。それによれば現在は玄米を中心の菜食となり、放射線治療は今は調子がいいので本当にダメになるまでは拒否とのこと。
エピソード
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発売禁止事件
1988年、RCサクセション時代に発表した『COVERS』が、原発問題を取り扱っていたことから、東芝EMIでは発売禁止に。後にレコード会社を変え、ようやく発売される。
1999年に、ロック風にアレンジされた君が代が収録されたアルバム『冬の十字架』が、ユニバーサルミュージックから発売禁止になるということがあり、インディーズのSWIM RECORDSレーベルで発売になったことがあった。また、同アルバムはMP3.music.co.jpから音楽配信された。
これが当時のニュースなどでも取り上げられ、テレビ朝日系「ニュースステーション」では番組中に生演奏したこともある。
その他
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2003年4月22日に日本武道館で開催された生放送の「アースデイ・コンサート」(TOKYO FM)に出演した際に当初予定になかった君が代や『あこがれの北朝鮮』の替え歌(発売当時の金賢姫をキム・ヘギョンに変更するなどした)などを歌い、一時その部分を放送しなかったことがある。
ディスコグラフィー
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ソロ、及びソロユニット名義
アルバム
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RAZOR SHARP (1987年2月)
HAPPY HEADS (1987年6月)(ライヴ・アルバム)
Memphis (1992年3月)
Have Mercy! (1992年3月)(ライヴ・アルバム)
GO GO 2-3's (1992年11月)(忌野清志郎 & The 2-3's名義)
abcd (1993年5月)(編集盤)
Music From Power House (1993年9月)(忌野清志郎 & The 2-3's名義)
MAGIC (1994年9月)(編集盤)
GLAD ALL OVER (1994年12月)(ライヴ・アルバム、仲井戸麗市との共同名義)
119 オリジナルサウンドトラック (1995年1月)
Groovin' Time (1997年7月)(忌野清志郎 Little Screaming Revue名義)
GOODBYE EMI (1998年3月)(編集盤)
Rainbow Cafe (1998年10月)(忌野清志郎 Little Screaming Revue名義)
RUFFY TUFFY (1999年7月)
冬の十字架 (1999年9月)(忌野清志郎 Little Screaming Revue名義)
夏の十字架 (1998年10月)(ラフィータフィー名義)
秋の十字架 (2000年11月)(ラフィータフィー名義)
KING (2003年11月)
GOD (2005年3月)
夢助 (2006年10月)
特別ユニット他 主要参加作品
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い・け・な・いルージュマジック (1982年2月)(忌野清志郎+坂本龍一名義シングル)
DANGER (1982年11月)(どくとる梅津バンド+清志郎名義アルバム)
DANGER II (1985年7月)(DANGER名義ミニアルバム)
県立地球防衛軍(1986年3月)(Johnny,Louis&Char+Kiyoshiro参加サウンドトラックアルバム)
ぞうのババール (1989年12月)(語り・忌野清志郎 ピアノ・高橋アキによる読み聞かせCD)
ロックの生まれた日 (1990年5月)(坂本冬美、三宅伸治とのユニットSMI名義で参加のオムニバスライヴアルバム)
HIS (1992年7月)(細野晴臣、坂本冬美とのユニットHIS名義アルバム)
ババールのしんこんりょこう (1994年9月)(語り・忌野清志郎 ピアノ・高橋アキによる読み聞かせCD)
パーティーをぬけだそう!(2004年11月)(忌野清志郎と篠原涼子名義シングル)
Hospital (1997年3月)(Kiyosiro meets De-ga-show名義アルバム)
RESPECT! (2000年5月)(デビュー30周年記念オムニバスライヴアルバム)
雨あがりの夜空に 35 (2005年5月)(忌野清志郎 featuring ライムスター名義シングル)
愛を謳おう (2005年7月)(忌野清志郎 with 井上陽水名義シングル)
THE TIMERS
デイドリーム・ビリーバー/3部作 (1989年10月)シングル
THE TIMERS (1989年10月)アルバム
ロックン仁義 /企業で作業/ダイナ(嫌煙のダンナ) (1989年12月)シングル
サヨナラはしない/スィート・ヒッチ・ハイカー/ヘリコプター (1994年3月)シングル
復活!!The Timers (1994年4月)アルバム
不死身のタイマーズ (1994年4月)アルバム
不死身のタイマーズ (1994年4月)ビデオ
関連項目
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人物・グループ
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RCサクセション - 忌野清志郎・破廉ケンチ・小林和生の3人から始まった清志郎の代名詞的グループ。当初はアコースティック主体、実験的、独創的な作風と辛らつなMCなどで活動。1980年前後に仲井戸麗市が加入する前後から、エレキギターをフィーチャーし、忌野、仲井戸のコンビネーションなどで、RCサクセションは一躍時代を代表するロックバンドとなる。1990年代はじめに休止。
仲井戸麗市 - 元・古井戸のギタリスト。古井戸を解散し1980年にRCサクセションに加入。忌野清志郎の片腕として、共にRCを牽引。
小林和生 - リンコ・ワッショー、林小和生、淋呼和生などとも名乗っている。RCサクセションのベーシスト。RCサクセションのオリジナル・メンバーとして、忌野と20年以上活動を共にした。
破廉ケンチ - RCサクセションのオリジナル・リードギタリスト。70年代後半に脱退。
新井田耕造 - RCサクセションのドラマー。70年代後半より加入。末期まで活動を共にした。
G2 aka 柴田義也 - RCサクセションのキーボード担当。70年代後半より加入。80年代後期に脱退。
ブルーデイ・ホーンズ - 梅津和時、片山広明両氏によるホーンセクション。梅津、片山の両氏は、多彩なソロ活動を行いながらも、RCサクセションと活動を共にする。
三浦友和 - 俳優。中学時代からの友人で、デビュー前のRCサクセションに参加していた。
小川銀次 - クロスウィンドのメンバー。エレキ化したRCのギターとして活動するも、脱退。
春日"ハチ"博文 - カルメン・マキ&OZのメンバーとして知られている。70年代半ばを過ぎたころより、RCにギターとしてたびたび参加。エレキ化していくRCの発展に一役買った。末期のRCにも参加している。
厚見玲衣 - 元、VOWWOWの(aka BOWWOW)のメンバー。末期のRCにキーボードとして加入。以後も忌野のグループナイス・ミドルに参加し、現在も共に活動している。
古井戸 - 加奈崎芳太郎・仲井戸麗市によるフォークデュオ。1979年解散。
加奈崎芳太郎 - 元・古井戸のヴォーカリスト。忌野とはデビュー以前からの友人。ソロ活動に協力。
泉谷しげる - RCサクセション・古井戸・泉谷の3組は、デビュー前から、同じライヴハウスの常連。
三宅伸治 - RCサクセションに大きな影響を受け、バンドを始める。MOJO CLUBを結成。RCのレコーディングやツアーにも参加。忌野がRC活動中に始めたタイマーズのギタリストとしても活躍。後に忌野と共にスクリーミング・ビュー、リトル・スクリーミング・レビューなどを結成。ソロでも頻繁に共演、共作している。現在、忌野清志郎&NICE MIDDLE のリードギタリスト。
RAZOR SHARPS - イアン・デューリーのバックバンドであるブロックへッズが清志郎のバックを担当し、アルバムを共に制作した際のバンド名。ツアーも行った。スタジオ録音では、元クラッシュのトッパー・ヒードンも参加。
23s - 山川のりを、大島賢治、中曽根章友など若手と組んだRC後のグループ。
タイマーズ - 忌野、三宅伸治、川上剛、杉山章二丸らが、それぞれゼリー、トッピ、ボビー、パーを名乗って演奏したといわれている。ゲリラ的な活動を展開した覆面バンド。あまりにも過激な歌詞やMC、予測がつかないスリリングなステージパフォーマンスなどで知られる。
スクリーミング・レビュー - ストリングスを加えた大所帯のグループ。DVDを一枚発表。基本的にはタイマーズのメンバーが本名でバックを担当している。
リトル・スクリーミング・レビュー - 三宅伸治、藤井裕、富岡“グリコ”義広と結成されたバンド。君が代をリリース。
HIS - 細野晴臣、忌野、坂本冬美の3人によるユニット。名前は3人の苗字のイニシャルから。
ラフィータフィー - 藤井裕、上原"ユカリ"裕、ジョニーフィンガーズ、武田真治というメンバーで結成されたバンド。
LOVE JETS - プラハ、パイロン、プリンシプルを名乗った覆面バンド。宇宙からやってきたというコンセプトのもとに結成されたグループ。忌野のほかのメンバーは、KANAME(COSA NOSTRA)と阿部耕作(THE COLLECTORS)。
ミツキヨ - 及川光博との企画ユニット。シングルを発表。
Booker T & The MG's 忌野が尊敬するオーティスレディングのバックバンドとして活躍。また単独でもインストゥルメンタル作品を発表している、世界的に評価されているバンド。忌野のアルバム「MEMPHIS」のバックを担当し、ツアーも行った。その後も忌野はギタリストのスティーブ・クロッパーと親交を深めていき、「夢助」などを発表している。
DANGER 梅津数時率いるドクトル梅津バンドに清志郎が加わったバンド。アルバムも発表。
矢野顕子 - たびたび共演している忌野の友人。以前はN.Yと日本でFAXでのやり取りをしていた。近年は矢野の「ひとつだけ」をよくデュエットしている。「湖のふもとで猫と暮らしてる」はRCのナンバー「山のふもとで犬と暮らしてる」のアンサーソングといわれている。
坂本龍一 - 「い・け・な・いルージュマジック」を2人で発表。矢野ともども、RCのライブにもたびたび飛び入りしている。君が代騒動の時には週刊金曜日にて対談。
井上陽水 - 昔は清志郎の前座をしていたが、陽水のほうが先に売れたという逆転の時代があった。ちなみに陽水の名曲として知られる「帰れない二人」は清志郎との共作である。『YOSUI TRIBUTE』では「少年時代」をカバー。
RHYMESTER - 忌野清志郎デビュー35周年記念の楽曲「雨上がりの夜空に 35」に客演。KING同士の楽曲ということで話題になった。(RHYMESTERはKING OF STAGEの異名を持っている。)
岡部好 - 屋根裏時代から忌野清志郎の写真を撮影してきた写真家。2002年に、その22年間の集大成となる写真集「清志郎」発表。
竹中直人 俳優。忌野、仲井戸の大ファンで映画のみならず、ステージでもたびたび共演を果たしている。ブレイク前からの友人でもあり、付き合いは深く、長い。歌唱力は歌手顔負け。藤原ヒロシと結成した古井戸のコピーバンド高井戸でも活動を行っていた。
糸井重里 - コピーライター。RCサクセション時代から親交があり、作品「abcd」では、全曲の作詞を担当している。
桜井和寿 - ライブで度々共演。
Leyona - たびたび忌野と共演。もともとRCやタイマーズのファンだったこともあり、親交は深い。仲井戸麗市のプロデュースによる作品もあり、忌野のプロデュースで『500マイル』も発表している。泉谷忌野スパイスマーケットにも参加。
高井麻巳子 - 元おニャン子クラブ。彼女が清志郎のファンだったことから交流が始まる。発売中止騒動で話題となったRCサクセションのアルバム「COVERS」にゲスト参加。
金子マリ - エレキ化した頃よりRCとたびたび共演。「RHAPSODY NAKED」、「コブラの悩み」、「PLEASE」などで、ゲスト参加時の共演を聴くことができる。35周年記念イベントにも参加。忌野も金子のグループに楽曲を提供するなどしており、親しい。
木梨憲武 - 木梨憲武+忌野清志郎のユニットで曲(ガンバレ日本 )(フーリガンがやって来るヤーヤーヤー)で2002年にCD発売している。
CHAR - RCを気に入り、前座として起用。そこからRCは大きくなった。現在でもたびたび共演。忌野とKJLCなどのユニットも結成。作品を発表している。仲井戸麗市とも仲が良い。
YO-KING - 倉持陽一。真心ブラザーズでデビュー。エレファント・ラブ名義の活動では、忌野をフィーチャーしたシングル「STAY GOLD」を発表。真心時代にはRCの楽曲、「キモちE」をカバー。また、35周年記念コンサートでは「ドカドカうるさいR&Rバンド」もカバーし、たびたびライブやTVなどで共演もしている。忌野も真心ブラザーズのトリビュート「真心COVERS」に参加し、カバー曲「素晴らしきこの世界」を発表。これに応えている。
トータス松本 - ウルフルズのボーカリスト。デビュー直後より、忌野の影響を公言。楽曲をたびたびカバー、ライブでも共演するなど、親交は深い。
モップス - 鈴木ヒロミツ率いるGSロックバンド。デビュー間もない頃に前座を務めていた。
テレビ・ラジオ番組
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夜のヒットスタジオR&Nに、タイマーズで出演した際、当時清志郎がDJをしていた番組(下記参照)で楽曲(RCサクセションの「ラブ・ミー・テンダー」)をプレスリーの原曲に差し替え、しかも放送禁止にしたことに抗議し、生放送中に過激なパフォーマンスを展開。「FM東京」を罵倒する言葉を発し、さらに放送禁止用語を連発、他の楽曲との構成で高い完成度のメドレーを披露した。(上記の理由が良く知られているが、当時頻繁に交友があった元・村八分のギタリスト山口冨士夫のシングル「谷間のうた」に参加した忌野が、同曲の放送を許可しなかったFM東京とその地方局に抗議する意味合いがあったとの説があり、実はこちらのほうが動機としては有力であると思われる。)また、1982年6月にはまだ月曜に放送されていたころの夜ヒット(1989年に番組が4分割されてその中の一番組として「R&N」が誕生した)に「SUMMER TOUR」で出演した際、ガムを噛みながら司会者の芳村真理・井上順とのトークを展開し、そのまま歌に突入して、間奏の部分で噛んでいたガムをカメラに向かって吐き出す行動を行い、300本以上の抗議の電話が放送終了直後から局に殺到してしまい、一晩中番組スタッフがその対応に追われた、という「伝説」を作っている。
夜をぶっとばせ - 1988年FM大阪の番組。後にFM東京系にもネットした。弾き語りなどもたびたび披露。(番組でRCサクセションの「ラブ・ミー・テンダー」をプレスリーの原曲に差し替え、しかも放送禁止にされる)
探偵!ナイトスクープ − 顧問として何度か出演。探偵の依頼にも協力した。
ライオン・フォーク・ビレッジ - 辛らつでブラックなMCをたびたび披露していた初期RCサクセション時代、ライオン提供のラジオ番組で最後に「バイタリス」といわなければならない所を、ジョークで「MG5 (ライバル会社資生堂の化粧品のブランド) 」と言い、これも問題となる。
筑紫哲也NEWS23 - 2004年7月9日の第二部『金曜深夜便』 『目覚まし時計は歌う(選挙ソング)』を披露。「投票に行こうぜ〜〜〜!!」と訴えた。ほか「忌野清志郎という生きかた」(99年11月25日)、「30周年だぜベイベー!忌野清志郎 撮って出し」(00年3月3日)などたびたび特集が組まれている。
野ブタ。をプロデュース - 2005年
デザートはあなた - 1993年岩城滉一主演。森 瑤子原作。清志郎も出演。劇中で弾き語りなどを何度も披露。主題歌は忌野清志郎&23sの「プライベート」
ギフト - 1997年木村拓哉主演。清志郎も出演した。
忌野清志郎アワー - 1992年放送。秋元康氏企画の特別番組。糸井重里や泉谷しげる、井上陽水、奥田民生なども
ゲスト出演した。
23sのオールナイトニッポン - 基本的には23sメンバーが毎回担当。忌野も時々出演した。
CM
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三菱自動車・ミラージュ - CMソングは「ベイビー! 逃げるんだ。」(RCサクセション)。忌野自身もCMに出演した。
清水建設 - 「パパの歌」がCMソングに使われた。忌野自身も出演。
エースコック・スーパーカップ - かつてタイマーズ時代にCMソングを提供。その後、2006年に再びCMソングに採用される。
中外製薬・グロンサン - 路上でギターを弾き「幸せになりたいけどがんばりたくない」と歌うシーンが印象的だった。
PARCO - RCサクセション時代メンバーと共に出演。さらにHIS結成時にも起用されている。
ほか、缶コーヒーやビール、生命保険、携帯電話などCM出演は多数。 ナレーターとしての出演や楽曲の使用なども含めると網羅しきれないほどあると言ってよい。
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